2010年02月19日
良いイベントとは-②
良いイベントについて考察してみる。
このところ、SP関連で「ショッパーインサイト」という、“売り場における買い物客の気持ち”が、話題になっている。
かいつまんで言えば、
①コンシューマー(消費者)と、ショッパー(購買者)は異なる。
②売り場では、ショッパーの意思が優先される。
③ショッパーの70%が、非計画購買であり
④ほとんどの購買意思決定は、売り場で行われる。
というもの。
こんなことを、さも、大発見!みたいに発言するのは、赤面するが…。
小言はさておき、
今さら… ナニを… ではあるが、イベントでも、今一度、足元を見直したほうが良いかもしれない。
少なくとも、ターゲットを定め、そのターゲット向けの戦術でアプローチする!なんてゆう子供だましのコンサルよりも、POP(Point of Purchase)「購入直前の一押し」を少し真面目に考えた方が良い結果をもたらす。
理屈ではなく、情と欲で生きていることを肯定してプランを作ればハズさないと思う。
男性には難しいかも…。
2010年02月15日
良いイベント屋とは-②
良いイベント屋の資質について考察してみる。
イベント屋ごときに資質などというと、大そうすぎるかもしれないが、向いているかどうかレベルで。
失敗したトキ
「こんなことなら、やっておけば良かった」
ではなく、
「こんなことなら、やらなきゃ良かった」
の方が、イベント屋に向いている。。
ヘンに大人ぶって「手控える」のでは、イベントが100%にならない。
理屈よりも、まずはやってみること。
プランにしろ、シナリオにしろ、まずは書き出してみること。
1ワードでも1文字でも、ナンでもいいから、ペンと紙を用意して書き出してみる。
書き出しさえすれば、必ずナニか出てくる。
そして、やれることは全部やること。
前日だろうと、一分前だろうと、諦めたり、妥協したり、言い訳を考えたりする前に、やってみる。
間に合うかもしれない可能性が僅かでもあれば、やってみる。
そうすればキットうまくゆく!大丈夫。
それが良いイベント屋の大きな資質なのだ。
2010年02月10日
イベントの演出-②
イベントの演出について考察してみる。
当たり前すぎるが、イベントは観客が居ないとナニも始まらない。
となると、大きな音や、呼び込み、コンパニオンなど、派手な(見せかけの)演出手法に目が行きがちだが、現実的には継続性や経済性に配慮した手法が欲しい。
もちろん、派手な手法はそれなりにパワーがある。
メディアのニュースソースとしては、瞬間芸の派手なパフォーマンスが有効だ。
でも、実店舗や店頭イベント、展示会などの長時間のライブには(リアルコミュニケーション)向かない。
長時間ライブには、昔からある「しかアタマ」(鹿の頭)が効く。
そう、虎の敷物、不釣合いなホールクロック、無駄にでかい花、などなど、仰々しい応接間に鎮座する脈絡のない品々である。
品々のセンスは兎も角、コレらは一体ナンのために奉られているのか?
カンバセーション・ピースである。
話のキッカケとか、会話のネタとか呼ばれる代物。
そこにあるだけで、思わず尋ねてしまう。
特に意識しているわけではないが、ナンとも気になる存在なのだ。
眼鏡屋さんの店頭にある視力表を見ると片目をつむってしまうアレも同じだ。
こういった手法がインストールされていれば自然と観客が集まってくる。
所詮はキッカケに過ぎないのだから、さりげなく、サラッと…あまり構えすぎないほうが良い。
まぁ、それなりのセンスも必要になってはくるが…。
2010年02月08日
イベントの演出-①
ベントの演出について考察してみる。
最初に「良いモノを作りさえすれば売れる」という誤解から解消したい。
どんなに良いモノであっても、モノ自体には売れる力は無い。
モノはモノなのだから…。
正確には「良いモノを作れば、それを体験したヒトが共感し、クチコミとなって売れる」である。
モノを取り巻く、リソースに売れるチカラがあるのだ。
イベントに転じてみれば、演者と観客の関係にあたる。
目指すのは「共感」なのだから「踊る阿呆に、見る阿呆」か…。
共感を得るためには、踊る阿呆が情緒ゆたかに情熱的に行動・発言することによってのみ、観る阿呆の心を燃やして感情に訴えることができる。
ビジネス・ベースでのイベントは、売りに繋がらなければ意味が無い。
それには、観る阿呆が共感し、盛り上がるような演出が欠かせないのだ。
2010年02月02日
イベントの出演者-①
イベントの出演者について考察してみる。
クライアントから、テレビでウケているタレントのキャスティングを依頼されるケースが多い。
テレビが情報源なのだから、当然と言えば当然ではある。
しかし、残念ながら上手くゆかない。予想を遥かに超えてウケない。まったくウケない。高いだけだ。
最初から結果はわかっているのだが手続き上、提案しないわけにはゆかないから提案する。
もちろん、イベントを成功させるために「テレビでウケているタレント」に加え、「ライブでウケるタレント」も提案する。
ただし、提案時には、キチンとしたインフォメーション付きで‥
・テレビで面白いからといって、イベントのステージで面白いわけじゃないですよ!
・構成作家のシナリオが面白いのであって、タレントが面白いわけじゃないですよ!
・イジられるゲストが面白いのであって、イジるタレントが面白いわけじゃないですよ!
・ステージ上の出演者の顔は14インチの画面サイズですよ!
・芸があるから芸人なんですよ!芸がないからタレントなんですよ!
・芸の無いステージは、イタイですよ!我慢できますか?
これらを、キッチリと伝えたうえで選定してもらう。
それでも、テレビのタレントを選ぶ。
と‥本番は‥‥見事に失敗する。
ライブでウケるタレントとは「芸を持っているヒト」である。
有名か否かは問題じゃない。
イマ、ココで、ナマで、どうか?だけが評価される。
イベントのライブの出演者は、芸人に限る!
話は逸れるが、ウケないステージを観ていると、マスメディアの衰退ぶりが重なってしまう。
Inte'l→Windows→i-Phoneで一時代が終焉し、次のステージが既に始まっている。
You Tubeを楽しんでいる視聴者には、安っぽいテロップや、ミエミエのトリックや、カメラのテクニックで誤魔化せない。
ナニしろ、放送コードもスポンサーも関係なく、ただ「オモシロイ」だけを追究している投稿者なのだから、太刀打ちできるはずがない。
次のステージをライブで味わっている一般の人々に、時代遅れの遺物を押し付けるのはムリがある。
CMを大量にうてば比例してモノが売れるといった、1920年代の遺物「AIDMAの法則」は通用しないことは、皆わかっている。
それをムリして続けるのは、あまりにも痛々しく哀れだから、イイ加減にピリオドをうって欲しい。








