トランプに「7ならべ」というゲームがあります。
7を起点に連続するカードを出していって、手持ちのカードが早くなくすことを競う、シンプルな遊びです。
このゲームは、連続性を予測してコントロールできる人が強いことは、誰もが知っています。
コツは、最初に配られた手札で短いシナリオを作って、テーブルに出されてゆくカードで補正しながら進めてゆくのですね。
でも、子供のころから、繰り返してきたはずなのに、実社会で運用するのは苦手な人が多いように感じます。
就活も「7ならべ」が得意!でナンとかならないもんですかね。
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曲げられたコンセプト。
とある文具メーカーが、1冊¥1,500もする大学ノートを発売している。
表紙にビニールカバーがされている。もちろん用紙も製本もかなりシッカリしている。
早速、話のネタとばかりに購入。
なるほど、いわゆる普通のノートとは次元の違う書き味だ。
素晴らしい!感動した!
製品の完成度としては、相当にレベルが高い。
メーカーとしても、技術力の高さを誇れる逸品だと思う。
ただ惜しむらくは、価格とのバランスを考慮するあまり矢鱈と分厚い代物になってしまっている。
見かけは大学ノートでも、96枚(192ページ)もある日記帳ほどのズッシリ感のノートでは大学ノートのようには使えない。
カバンに入れる気がしない。
恐らく会議かナニかで、声の大きい無粋な上司から思いつきの横槍が入って(ページあたりの単価が云々とかナンとか、もっともらしい難癖)、コンセプトをムリヤリ捻じ曲げざるを得なかった悲しい結末なんだろう。
覚悟が足りない。中途半端すぎる。
書き味だけで¥1,500を支払うユーザーが、ページあたりの高い安いをゴニョゴニョ言うわけがない。
1枚が¥1,500でも買う。
その書き味を感じてみたい。
それで満足させられたら御の字だと思う。
つい最近、これと似たようなコトに出会った。
某チェーン店の「やきそば牛丼」というメニュー。
ここまでやると、オトクとか新たな試みとかいったものではなくなる。
分厚い大学ノート同様に、下位分類もやりすぎるとキワモノの領域に踏み込んでしまう。
踏みとどまれなかったのか・・・。
グーは負ける。
ジャンケンして
パーなら♪パイナップル♪
グーなら♪グリコ♪
チョキなら♪チョコレイト♪と
言いながら文字の歩数分を進む遊びがある。
ジャンケンの勝ち負けではなく、進んだ距離で競う。
グーさえ出さなければ勝てる。
躍起になってジャンケンに勝とうとするオトナもいる。
そんなオトナにジャッジされる私のシゴト・・・。
慇懃無礼のほうがマシ
コンビニにしろ、ファミレスにしろ、とても丁寧できちんとした言動であっても
かえって失礼とでもいうか、
心がまるでこもっていない対応を慇懃無礼という。
でも、無礼な対応に出会うと慇懃な方がマシに思えてくる。
品ぞろえや内装ではなく無礼に腹が立って、それ以来、店に寄りつかなくなる。
IT化も、AI化は、企業や担当者の取組やすさ優先でしかない。
買物や食事に訪れるのはPCではなくニンゲンなのだから
気持ち、印象、雰囲気づくりなんかが優先される。
実績を追っているフリで逃げ回るのは、いい加減ヤメにすればイイのに。
正義感のアホ。
「煙の出ないタバコも喫煙所で」という貼紙を見た。
やり過ぎだろ。
ヒトは必要なものだけで食ってはいけても
生きてはいけない。
SNSだなんだで世知辛い時代にキリキリと正義感を振り回すアホ。
カラダの栄養と同じく、心の栄養も無いと死んでしまう。
ウケウリですが
心の栄養は文化であり、文化は人間の業や欲望の肯定をカタチにしたものだ。
なるほどー!その通り。
ファンなってもらうこと。
芸の上手い下手に一喜一憂する職人気質はキライじゃない。
でも、売れるか売れないかとは別です。
売れるには好きになってもらうこと。
好きになれば芸の下手さなんて、ご愛嬌です。
芸が上手になってもしょうがない。それよりも人気者になれ。
初代 桂春団治
便利じゃないエリアがほとんど。
モンゴルではプリウスの中古車が大量に流通している。
資産価値が高く、銀行ローンも組みやすいそうだ。
世界では電気やガソリンが便利に利用できるのは
ごく限られた一部の地域だけ。
世界のマーケットなら、そりゃぁハイブリッドでしょうね。
変えてみる勇気と、やってみるモチベーション。
圧倒的な資本力で市場を蹂躙する小売店がある。
駅前の商店街をあっという間にシャッター通りにしてしまう。
従来のビジネスモデルのままでは無力化されてしまう。
でもビジネスモデルを変更すれば太刀打ちできる。
泣き言を言っていないで、戦ってみる気概を持ってみてはどうだろう?
最近よく耳にする「リテラシー」って?
【リテラシー literacy】
与えられた材料から必要な情報を引き出し、活用する能力。応用力。
これは、プロダクション(開発者)にもっとも必要とされる能力だと思う。
ただ「与えられた材料」には、明示されないものもある。
特に注意したいのは、与える側の頭に浮かばない無意識の内にある材料です。
無意識こそが本音です。
頭に浮かんだら、本音ではありません。
当人の意識にすら上がらないわけですから、察知するしかない。
超能力のようだけど、実はすごく動物的でプリミティブな感覚です。
ごみの分別、できぬあなたの無分別。
モラルは、経済が成熟したところでしか育まれない。
とはいえ
経済が成熟すれば、モラルが育まれるわけでもない。
格差は、どっちだろう?