アメリカでは従来のラジオ広告webラジオが抜いた。
テレビも近いうちにwebテレビが抜き去るらしい。
従来型のメディアは時代遅れの中途半端な位置づけになってゆく。
近い将来「数」が価値基準ではなくなる。
次はナニが価値基準になるの?
アメリカでは従来のラジオ広告webラジオが抜いた。
テレビも近いうちにwebテレビが抜き去るらしい。
従来型のメディアは時代遅れの中途半端な位置づけになってゆく。
近い将来「数」が価値基準ではなくなる。
次はナニが価値基準になるの?
毎年このシーズンになると五月病か話題になる。
五月病は、登校しないー出社しないー大変だー可哀想だーと騒ぎ立てる。
イイじゃないか。
多様性を認めてやれよー
ダイバーシティはイイことだって言ってたじゃないっすかー?
憐れみも非難も気分しだいじゃないですよねぇ。
ご都合主義というか、言葉の独り歩きというか…。
某放送で、コメンテータが
就活生について
「みんな同じようなスーツで就活している。大人しいというか画一的で没個性だな。もっと個性的というか自己主張を発揮するようにしなきゃダメだよ!」と発言していた。
正論っぽいことを言うガキみたいなオトナの人。
個性的な人は扱いにくいし、集団行動に向かないから採用をためらう。
長いモノにすんなり巻かれてくれて
会社の不正をリークすることなく組織を守ってくれて
過剰労働やハラスメントも文句ひとつ言わない
柔軟で従順な羊が欲しいんです。
個性的で自己主張の強いヒトは、言い換えれば勝手気ままな人。
扱いにくいし、同調圧力に逆らったり…メンドくさいヒトでしょ。
採用側の本音がわかってないんじゃないか?
そんな人を採用しちゃったら、人事部のコッチがアブナイだろ。
余人をもって代えがたい仕事というものは滅多にない。
自意識過剰か、ナニかの洗脳か。
肩ひじ張って、目の下にクマ作っても
あなたの代わりはいる。
ということは…
その程度のコトなんです。
「その仕事、命より大切なんですか?」と誰かの著書にもありました。
シリアスな表情を緩めて、笑顔で過ごせばイイのに。
会議で
根拠は?エビデンスは?という言葉が出た時点で
その会議を中止にしてもイイんじゃないかと思う。
単純化と縮小化、閉塞感と無力感を促すだけ。
発想の広がりや、飛躍など望むべくもない。
でも正直に「勘」だと言えば一蹴されてしまう。
ナニかソレっぽく…。
!五感の外にある六感…弱いな。
!総合的判断…ってくらいで勘弁してもらおう。
ヨガには5つの教義のようなものがある。
そのうちの1つがポーズで、他の4つはメンタルなのだ。
気持ちを鎮めたり、集中したり…
メンタルのコントロールをするためにポーズをとっているというわけです。
例えば、お寺で両手を合わせる“合掌”とかもちゃんとしたヨガのポーズなわけです。
つまり、ポーズの正確性とかのフィジカルな面よりも
メンタルが目的通りにコントロールできるかの方が
大切みたいです。
最近のイベントで、ヨガを
準備運動や集客施策として利用するのが流行っている。
健康的っぽくて、老若男女だれでも参加できて
ソコソコおしゃれな感じもあって。
普段は行わないヘンテコなポーズをしてみたりして、なんとなくイイ感じ。
ヘンテコなポーズのせいで関節や筋肉を傷めたりする人もいる。
そもそもヘンテコなポーズありきでヨガが流行っているのがいただけない。
ここのところやたらと“サブスクリプション”という単語が耳に入る。
「月額00円で~~」というやつです。
コーヒー、音楽、映像、車、洋服、食品、フィットネスなど…あらゆるサービスに広がっている。
確かにウマいやり方だと思う。
サービスを提供する側も、される側もメリットがある。
ただ、オトクさだけに捉われて
限定された世界だけでいると生活がミニマルになってゆく感じがする。
まぁ個人の趣味ですから構わないんですが
内側に向かっているというか、辛気臭いなと。
小説も映画も、パラレルに筋立てしてあると飽きないし面白い。
会社や製品のPRになると
複雑で判りにくいからシンプルにすべき!となる。
シンプルはわかり易いけどツマラナイ。
ツマラなくてイイんだ!判りにくくしてどーする!とお叱りを受ける。
モノやサービスの不足していた戦後っぽくないか?
Eテレの“ピタゴラスイッチ”でもパラレル以上のコトやってるよー。
関西に有名な激安スーパーがある。
本業は地上げ屋さん。
激安攻撃で、大手スーパーや地元商店街を壊滅させて地上げする。
若者のバイトがイタズラをネットにアップするバイトテロがある。
本業は??????。
株価を変動させてガッポリ稼ぐオトナたちがいる。
オトナの仕事だから、若者の職業教育は関係ないんだけど…。
本筋を叩くとマズイのかな?